先日、赤岳の上から景色を眺めていたら、自分の好きな小説に出てくるフレーズを、ふと思い出した。

先日、ここでさっきと同じように地形の写真をみていて、地球の表面と形というのは全部何かが降ってきて、それが積もってできたんじゃないかって気がした。いや、地質学の常識から言えばまるで嘘だ。しかし、山になっているところには山の原素がたくさん降り積もり、熱帯雨林にはみずみずしい緑色の、たぶん葉緑素をたくさん含んだ熱帯雨林の原素が降って、砂漠には砂や礫や岩が音もなく降って、それで地形ができた。そういう原初の、もちろん人など誰もいない、おそよ目をもつものが何もいない時の、光景みたいなものがそのとき見えた。

スティル・ライフ  池澤夏樹著